「そろそろ実家をどうするか決めないと」と思いながら、何年も先延ばしにしている。
そんなご相談を受けることが増えました。
きっかけはたいてい、親御さんの物忘れが少し目立ってきたことです。
そして、いざ売ろうと動き出したときに、こう言われます。
「ご本人の意思が確認できないので、このままでは契約できません」と。
私は福祉用具の仕事で、元気なころからご自宅に出入りしています。
だからこそ、この場面を何度も見てきました。
家は、持ち主の判断能力があるうちしか動かせません。
ここだけは、どんなに事情があっても曲げられないところです。
なぜ「認知症になると売れない」のか
不動産の売買は、契約という法律行為です。
契約には、内容を理解して自分で決める力が要ります。
この力が失われていると判断されると、契約そのものが無効になりかねません。
だから不動産会社も司法書士も、ご本人に直接お会いして意思を確認します。
「家族が代わりにサインすればいい」とはなりません。
子どもであっても、親の財産を勝手に処分する権限はないからです。
売れなくなって困るのは、実は現金が必要になったときです。
施設の入居一時金、月々の利用料、自宅の修繕。
資産はあるのに使えない、という状態が起きます。
止まってしまったあとの道は、法定後見だけになりがちです
判断能力が落ちたあとに残る方法が、法定後見(成年後見制度)です。
家庭裁判所に申し立てて、ご本人を支援する後見人を選んでもらう仕組みを指します。
ただし、思っていたようには進まないことがあります。
まず、後見人を家族がやりたいと希望しても、裁判所が別の専門職を選ぶことがあります。
次に、申し立てから選任まで数か月かかります。
そして、ここがいちばん知られていません。
ご本人が住んでいた家(居住用不動産)を売るには、家庭裁判所の許可が別途必要です。
根拠は民法859条の3で、許可なく結んだ売買契約は無効とされています。
「居住用」の範囲も広めに見られます。
今住んでいる家だけでなく、以前の生活の本拠だった家、将来戻る可能性のある家も含まれます。
施設に入所していても、実家は居住用と判断されることがあるのです。
後見は、ご本人の財産を守るための制度です。
家族の都合で売るための制度ではありません。
その前提を知らないまま申し立てると、こんなはずではなかった、となりがちです。
元気なうちに選べる3つ
| 方法 | いつ決めるか | できること | 気をつける点 |
|---|---|---|---|
| そのまま何もしない | — | 判断能力があるうちは自由に売却できる | 能力が落ちた時点で止まる |
| 任意後見 | 判断能力があるうち | 誰に任せるかを自分で決めておける。公正証書で契約する | 実際に始まるのは能力が落ちてから。監督人がつく |
| 家族信託(民事信託) | 判断能力があるうち | 管理や処分を家族に託しておける。能力が落ちても手続きが止まりにくい | 契約の設計が要る。費用と専門家選びが要 |
| 法定後見 | 判断能力が落ちたあと | 財産管理と身上保護 | 居住用不動産の売却には家裁の許可。後見人を選べないことがある |
どれが正解かは、ご家族の事情で変わります。
私は、まず「実家をどうしたいか」を本人の口から聞いておくことをお勧めしています。
制度を選ぶ前に、意思を残しておく。
順番はこちらが先だと思っています。
先延ばしを止めるために、今日できること
大げさな準備は要りません。
次の3つだけでも、ずいぶん違います。
1つめ。実家の価格をいまの相場で知っておく。
売る前提でなくて構いません。数字がないと家族の話し合いが感情論になります。
2つめ。名義と権利関係を確認しておく。
共有名義になっていた、亡くなった祖父の名義のままだった、というのは珍しくありません。
3つめ。本人の希望を聞いて、書き留めておく。
「施設に入ったら売っていい」「弟に住んでほしい」。
一言でもメモがあると、あとの判断がまるで変わります。
よくある質問
Q. 認知症の診断が出ていても、絶対に売れませんか。
A. 診断名だけで一律に決まるわけではありません。契約内容を理解できるかどうかが見られます。ただ、判断に迷う状態で強行するのは、あとで契約が覆るおそれがあり危険です。
Q. 親の通帳から施設代を払っているのですが、問題ありませんか。
A. 金融機関がご本人の状況を把握すると、口座が凍結されることがあります。売却より先にこちらで困る方が多い印象です。
Q. 家族信託と任意後見は、どちらかを選ぶものですか。
A. 併用されることもあります。財産の管理は信託、医療や施設の手続きは任意後見、という分け方です。設計は司法書士や弁護士にご相談ください。
まとめ
実家は、親が元気なうちしか動かせません。
止まってから動かそうとすると、家庭裁判所の許可という関門が待っています。
だからこそ、売る売らないを決める前に、価格と名義と本人の希望だけ先に押さえておく。
それだけで、選べる道がずいぶん残ります。
まずは、実家がいくらなのかを知るところから始めてみませんか。
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